Twitter of YHK @yatsubishi: The statesman forced to go to war, the lawyer forced to go to law. "Well, anyway, now we know what we're going to do," he said. 

「愛は地球を救う」という大義 19:43 2010/08/29

夏期講習やらが終了しました。夏休みも終了しそうです。mebiです。

今日は24時間テレビの日。
毎年、去年も愚痴を書いていますが、今回はこの番組の必要性について考えてみたい。
考えてみたいのだけれども、最後は結局、感情の垂れ流しになってしまったことを詫びる。
世の中、特に日本に限定しても、社会に弱者は存在する。
中には、健康で文化的な最低限度の生活を送ることの出来ない弱者が存在する。
そのような者には支援をするべきであるが、そのような支援は国家が社会から税金という形で金銭を徴収し、その金銭を用いて支援をするのである。
そのような支援を行うには、国民がそのような政策を唱える議員、政党を支持すればよい。

さて、24時間テレビはそのような意味で、弱者の存在をアピールする場としては有効かもしれない。
弱者の存在がわかれば、支援の必要性を考えるきっかけになるかもしれない。
問題は、24時間テレビが終わったとたんに、みんな忘れてしまうことである。
可愛そう、という上から目線の同情をした後に、忘れてしまう。
刹那的な感情でしかないのだ。

私は、マラソンだけはやめてほしいと思う。
マラソンは、その年に話題となった人に「走れ」と命じ、苦しむ様子を見て、「頑張れ!」「諦めるな!」と声援を浴びせ、感動するための行為である。
ランナーは何のために走っているのか。
やはり、地球を救うためだろうか。
 ※ギャラと知名度アップのためという説もある。

弱者にスポットライトを当てるというのはいいことである。
国民が問題意識を持つことが出来るから。
しかし、マラソンのように、演出的に苦しみを与えて、頑張らせて、応援するという方法は間違っている。
他人の不幸は蜜の味、ということだろうか。
誰かがマラソンで苦しんでいるところを視聴者は見たがる。
悪意はなくても、応援という形でテレビを見る。
24時間かけて、走るという「話題性」があるからだろう。
視聴者が多ければ、その宣伝効果の大きさから、スポンサーは金を出す。
我々は、この残酷なショーを、「愛は地球を救う」という大義、または美名の下に正当化し、その実態から目をそらす。
目をそらしてはいけない。
我々が、彼(彼女)らを苦しめているのだ。
頑張る人に感動することは、素晴らしい。
私も、そういう話に弱い。
でも、「お金あげるから苦しみなさい」と命じて、その命じた人が「世界のために頑張ってるね」と感動するのは、やはりおかしい。
去年マラソンで走った人を覚えていますか。何km走ったかを覚えていますか。
熱中症で何人も倒れる夏に、素人にマラソンを走らせるのはなぜですか。

自分の懐が痛まない募金がしたいのなら、24時間広告のみの番組を見て、その番組から若干の経費を除いた、スポンサー企業の提供資金をすべてを、募金すればいいのではないだろうか。
視聴率がとれなければ、スポンサーなんてつくわけがないが。


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Hawaii II
16:36 2010/02/07